楽器は預けてあるので、ザック(*ヘルメット付き)だけ背負って鶴見の音楽ホールへ入るとスタッフの視線が痛かった。それでも無事にヴィオラ・ダ・ガンバ・コンソートの録音が夕方に終わり、楽器を再び預けて大師匠との待ち合わせ場所(東戸塚駅)へ直行。さすがに疲れたらしく後部座席に座った途端に眠りこけてしまい、気付いたら瑞牆山の駐車場に着いていた(面目次第もございません)。酒とツマミは買ったが行動食を買いそびれてしまったじゃないか。明日はうーん、一口さつま揚げで頑張るしかないね。車中とテントに分かれて仮眠。
5時に目覚ましで起床。酒とツマミ以外に非常食のジフィーズがあったので、お湯を沸かしてとりあえず朝食とした。入山口近くの駐車場へ移動し、支度をして出発。6月半ばだと言うのに未だ梅雨入りしておらず、今日も爽やかな晴天である。
瑞牆の岩は、クライミングジムの外岩クラック講習でのショートルートしか経験がない。マルチピッチとなると私のクライミングレベルで登れるルートは存在しないので、今回は完全に他力に縋っての登攀となる。連れて行っていただけることに感謝するのみである。
アプローチはパノラマコースで。現在は一般登山道扱いではないようだが立派な道だ。のんびり歩いて50分ほどで道から左に逸れて踏み跡を辿る。カンマンボロンを見物してからお隣の大面岩(おおづらいわ)へ。左稜線の取付には7時半ちょっと過ぎに到着。
先行パーティのリードは若師匠。フォローの大師匠が後行パーティに目を配る。私はS田氏にリードしてもらって万年フォロー。あまり登られないオリジナルの1ピッチ目は、苔が生えてツルツルの壁。私達はフリーでは登れないので、アブミで。8:10登攀開始。
アブミと岩の凹凸でスタートは何とかなる。2ピン目からは傾斜が緩むが、何しろツルツルで苔も生えてて、いかにも滑りそうで怖い。ヌンチャクひっ掴み、灌木をひっ掴みして形振り構わず登る。これはクライミングというか…沢の巻きに近いな。沢では万年フォローだしな。のっけから他力全開で先が思いやられる。
終了点で振り返ると、アマツバメとイワツバメが群れで飛翔していた。引き絞った弓のようなフォルムのアマツバメが目の前をかすめて行った。なんと爽快なことか!
2ピッチ目は斜度が緩く概ね易しいが、左下の写真の範囲外右上にこんもりとした岩の膨らみがあり、その前面は小さいがピリ辛なスラブである。その右端をカンテっぽく使って抜けてゆく。私はまたA0してしまった。う〜む。
3ピッチ目、傾斜の緩やかなルンゼを歩いてゆくと右手に壁が現れる。私には取り付く島のないその壁のそばに針葉樹が生えているので、木登りで高さを稼いで岩に移る。階段状と書いているサイトがあったが、私の目にはそのホールド・スタンスがとても階段には見えなかった。右上するのだが、怖くて腰が引けてしまい余計にバランスが悪く、苦労した。
4ピッチ目は短いトラヴァース。ロープの流れが悪いので切っただけ。
狭いからトラヴァースしにくいのだが、カムが決められるしスタンスも明確。フォローで行ってみると、小さい人が楽なパターンだった。このピッチだけならリードできるかも知れない。「Y岸、恵まれた体格を活かして難なくリード」とか誰か書いてくれねぇかな。
あぁ、ルート前半の「易しいパート」が終わった時点で既にかなり自虐的になっている。「これからがクライミング」だそうなのに…
さて、いよいよルート後半。5ピッチ目はルート最難グレードで、資料によって違うが10c か10b 。いずれにせよ私にとっては外岩での未経験グレード。
出だしのハイステップ、リードは下がスッパリ切れ落ちているので「怖い」と言いながらもサッサと登って行った。私はと言えば、もう低身長だから無理案件と直ぐに諦めた。ヌンチャクにヌンチャク繋げてA0、それってAマイナス。フッ、卑屈になってきたな。一歩登った先も厳しい。左上に見えるホールドまでの間に何もないよ、ツルツルだよ。リードした人と同じ生物である筈なのに何なんだろうな。無力感に打ちひしがれながらA0祭。
次の6ピッチ目は10b か10a なのだが、自分の体感ではルート最難グレード。前のピッチは短かったけど、こちらは長く辛いピッチだった。
上の写真のとおり、フェースには凹凸がある。5ピッチ目と比べるとツルツルではない。が、ちょっと細かい程度のカッチリしたホールド・スタンスでのクライミングしか経験がない私が、自信を持って捉えられる大きさ・形状の凹凸ではないのだ。壁で蝉になるのは何年振りだろう。ああ、辛い…
7ピッチ目 10a は登り出す前に左へトラヴァースするのだが、足下が切れ落ちているので怖い。そこから縦ホールドとスタンスを上手いこと使ってスタート、このムーヴは面白いと思える余裕があった。むしろその上のスラブの方が怖かった。要するにスラブがダメなんだな。あまり経験ないし。
8ピッチ目は針葉樹の生えた暗いバンド〜溝を歩くだけのピッチなので、写真なし。
9ピッチ目 10a はチムニー、抜けるとオフィズスのピッチ。バック&フットからジャミングで行けたらカッコいいのだが、私達は最初から人工登攀で登るつもり。
このルートの最後を飾るワイドピッチ、みんなチムニーの狭さとボルトの位置に文句を言いながら上がっていった。
自分の番になったので行ってみると、おや?全然大変じゃない。狭さに苦しむことはないし、アブミの最上段に乗れば次のボルトに直接手が届く。苦しんでいるだろうと上から声をかけられたけど、返答する声のトーンに余裕が滲んでしまった。もしかして自分は人工登攀が上手なのではなかろうか、などと考えてほくそ笑んだり、その実ただ背が小さいから狭くないし、アブミの最上段に乗ってもバランスが悪くないだけなのだと分かっていたりもしていた。それくらい簡単だったのだ。もしかして人工登攀だったらリードできるのではないだろうか。
なーんてね、一度くらいは調子に乗らせて頂戴。ここでクライミングのメインパートは終わりで、あとは大面岩のトップへ2ピッチの歩き。ここで若師匠とリードを交代(あは…)。
大面岩トップへは13時半に到着。大師匠が「これを見せたかった」という眺めをご堪能あれ。
シューズを脱いで足を休めながら写真を撮りまくり、大師匠に恵んでいただいたおにぎりも食べて。再び来られる機会が中々ないであろうこの場所で、暫し幸せな時を過ごす。14:20同ルート下降を開始。
概ね計画書の時間どおりに行動できたことになる。オールフォローとは言え完全に自分のレベルを超えたクライミングで、とりあえずフォールだけはせずに済んで怪我もなかったのは良かった。これも大師匠の絶妙な見極めだったのか。私には難し過ぎるルートであることは百も承知で、貴重な体験をさせて下さったのだ。そしてそれは若師匠とS田氏の助けがあってこそ実現したことで、心の底から感謝です。皆さま、本当にありがとうございました。
17:50、駐車場が見えてきたよ。今日もビールが美味そうだ!
(2024年6月15日実施)